2017.08.22

選択の重さを感じたのでブログを書きたくなった。くそう、試験勉強しなければならないのにブログ書いているの完全にADHD仕草だ。

人生が面白いほうへ転ぶように、何か選択を迫られたら逃げない方を選んできた。そのため急に忙しくなって人に会うのが辛くなったりもしたし、逆に良い体験を積むこともできた。まぁ、総合的にはプラスになることが多かったから良かったと思っている。で、だ。そろそろ安易に決定していると”時期”を逃すような気がしてきている。”時期”は具体的に人生の意思決定を行う分岐点と言えばいいのかな。つまり選択によっては今後の生活が全く異なる方向へ転がっていく地点だ。直近では就活するか進学に向けて何もしないかってのが分岐点になっていて、僕はただ安直に「院に進む」としか考えていなかったので、就活なんて見向きもしなかった。言葉の綾ではなくて、本当に就活なんて微塵も考えなかった。ところが僕は今になって、というか7月あたりから就活と進学の選択についてもっと悩んでおけばよかったと後悔している。今からでも就活できるんだろうけど、だったら進学に向けて試験の準備とかする必要無くない?とか、一年後の自分が何をしているのかまったく想像ができていないので何事も慎重になって、何事も進まない。目の前にあるやることを淡々とこなすロボットになりつつある。人生を歩む人の皮を被った状態機械だよ(言いたかっただけな節がある)。さて、進学就活問題は一例として、そうこう悩んでいるとまた何かを逃しそうな気がしていて怖い。真っ当に生きている人は人生の分岐点をどうやって乗り越えているんだろう。だって、なってみないと実感できないし直前にならないと困難さは見えてこなくないですか。戻れない選択、怖くないですか?