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2017.03.06

読んでいると吐き気のする設計・ソースコードが自分の中にはあって、 それを解読するのはたぶん、エクセルで画面のスクリーンショットを撮ってテストするより苦しい。 表現しにくい苦しみというか、胃もたれにような症状がやっている間は続く。 よほどひどいものに遭遇した場合最悪嘔吐する気がする。それくらい気持ち悪い。 これは去年のopentie戦争が終わる辺りから発生して、まず当時のバイト先で起こった。 もう見たくない・触りたくない現象で全然業務ができず、 リファクタリングしようにも社の体制的に厳しかった。というか、僕の裁量が小さすぎた。

この症状が出始めるのはだいたい Done is better than perfect. とか言い出すとなる。 状態が綺麗で、整っていないので全てのやる気が出ないとかそういうのに似ている。 ただ、この症状は決して悪ではなくて、ソースコードや設計を見たときに、 モヤッとする勘のような何かが働くので、直感が便利になる。

言い訳というか、別に全てのソースコードに対してこうした感情を抱くわけではない。 正直競技プログラミングや使用期限のあるコードなど、スコープが非常に小さいものに対しては何も感じない。 むしろ過度な抽象・多様化していると逆にオエッとなる。 自分で書いていて気づいたけど、ソースコード自体ではなく設計や苦し紛れの思考の痕がダメなんだろう。 言語自体のシンタックスが汚くても特段思うことはないし、 慣習として根付いていることに特別嫌悪感を抱いたりしない。 ただそこにある、全てを俯瞰したときに見える、モヤッとした気持ち悪いものが嫌いなだけだ。


自分に向いているもの、向いていないものはアルバイト経験とかでわかってくると痛感した。 今受託でやっていることは最悪に近いし、達成感など何もない。 ただ自分の書くコードに嫌悪感を覚え、謝りながら前に進んでいる感じがする。 逆にバイト先ではインターネットを見るのが億劫になる程度には楽しいと感じている。

昔から自分の意思が弱かったり、単純に自信が持てなかったりすることが多く、 初対面の人からの印象はとても薄いと感じている。 何かを自慢するのは後から後悔して死にたくなるし、 功績を褒められると、褒められている自分の感情が調子に乗っている感じがして気持ちが悪い。

だからずっと裁量で何かを改善したり作成したりするのは苦手だと思っていたけど、その逆だった。 設計に沿って何かを進めるのは気が重く、手が止まったりすると再開するのが難しい。 変わって、自由にやれるととにかく気持ちが楽で、自分の作っていくものが自分の好きなような形で、好きなように拡張できる。 自由な場があるだけでこんなにも単純作業であれ楽しいのかと思えたりした。

この話はゴールデンウィークあたりにまたできればと思うけど、たぶんメインのブログに書くと思う。 この体験のおかげで色々自信や決心が付いた気がする。