2017.06.15

生活習慣が日に日に良くなっていくのを感じで幸せになる一方、進学とか就職について考えることで憂鬱になったりもしている。双方の内容について考えをまとめながら書ければいいな。


アルバイトが始まって、週に2日間早起きをしなければならない日ができた。水曜と金曜の隔日で出社しているので中日はもちろん早起きしなければならないし、全日も遅くまで寝ていることができない(寝付けなくなるため)。とてもいいことだし、一日活動しているとそれだけで成長した気になる。実際何も進んでいないんだけど。

で、何を考えているかというと、この気分の流れに乗っかって生活そのものを改善していこうと思う。就寝環境であったり、食生活に衣類の断捨離など。一般にミニマリストと言われるほどスッキリさせたいわけではないけど、散らかっていることで起こる心理的な負担と後回しにする癖を改善したい。ちなみに3回目くらいの挑戦なのでたぶん失敗する。いや、するでしょ。初回は単純に三日坊主、2回目はお金をかけて義務的に取り組もうとしたけど結局物が増えるだけで、3回目はブログにたびたび書いていたとおり鬱病になった(方便)ので挫折している。今回はやっていくことが明確にあって、今後も同じ生活を続けるのは心理的にも体調的にも厳しいと判断したので取り組む。後がないとか書くと大げさなので、後が無くなる前に対処するってことです。

Githubかなにかで管理しつつ、いや、Remember the milk とかで良い気がする。管理している現状を把握して、更新を滞らせないようにする工夫をしたい。あとは気持ちの問題なので、適度にバランスを取りつつ、夏が終わるまでに生活を改善できるよう長期的に取り組む。短期的な改善をしようと思うと体力が足りなかったりやる気にならなくて結局終わったりするので、それへの対処。週末にやっておくこととか、義務としてやることとは別で達成感を得ることができる作業を分離して、気持ちの切り替えをスパッとできればいいな。

書いていてなんだけどただの宣言になってしまった。


進学、就職。周りは、理由はどうあれ進学を諦めてる人もいたりして、自分もいいところ就けるならそりゃ進学やめるよなと思っていたら、就職したいと思える企業が諸般の事情で就職したくない気持ちに変わってしまったのでした。全部書いてしまうので危ない気がするので濁して書くけど、仕事を初めて同期に大学の(仲の良い)知り合いが数人いる環境ってどうなんだろう。素直な気持ちとしては絶対に嫌だとしか言えなくて、でも落ちついて第三者目線で見ると働きやすいんじゃないの?とか思ったりするけど、ある程度プライドを盾にして付き合って、さらに手の内を知っている知り合いが同期になって、いわゆる生存とアイデンティティをかけた競争を同じ職場でするわけだ。いやー、厳しいよ。

競争・自慢・自分の話をするのが歳をとるにつれて苦手になってきているのを感じているので、自分はやっぱり進学かなという気持ちになる。いつかこの気持ちも言語化してここに綴れればなと思う。自分でもまだよくわかってない。

明日もバイトだ。

2017.06.12

前に記事を書いていた頃と比べると精神状態は大変良くなっていて、自身のやりたいことと挑戦していきたいことを中心に、適宜やるべきことを消化するような日々が続いている。言葉を発する機会は少ないことに変わりはないが(これに関しては悪化したが)特段問題があるわけではないのであまり気にしていない。

前回のポストを堺に、問題へ確実に向き合っていく方針を取った。簡単に言うと、滞る連絡は逐一伝えるようにして、チームメンバーを呼び出して一緒に作業をするようにした。どうしてそれに至ったのかというと、辛さの根底は他の人間が自分ほど作業をしていないのではないかという想定と、どうせどうにかなるだろうという責任感の押し付けが手に取るようにわかることであったため、進捗よりもまずそれを改善しようと考えた。まず、連絡責任を全て一度自分が回収し、その上でチームメンバーを見張る(共に作業をしていることで相手の進捗を実感することができる)ことを行った。作業の進捗は見える化をして担当に報告するように形にしたし、残り作業を全てメンバーの力量ごとに割り振ることをして、終わりを見せられるようにした。幸い、メンバーも自分と同じ感覚を持っていたため、お互いに吐露をして頑張ろうという決意をまとめて毎日のように一緒に作業をした。で、それらは4月終盤になんとか終わりを迎えた。

結局、コミュニケーションと作業の闇雲感が原因で進むものも進まなかったのかなと終わってから思う。他人の進捗を意識しすぎたり、上長の叱責をストレスに感じたりと、当時他にも思うところは合ったのだけれど、終わってみれば簡単で、同じ場所で同じように同じ作業をすればお互いのプライドもあってか責任感は芽生えるし、問題点に対してカバーし合うこともできる。やる気はあったんだ。ただそれを適切な形で仕事にぶつけることができなかっただけ。


研究という名目でサーベイばかり進めている日々が続いている。あとは院試への英語対策とかを並行してやっている状態。数ヶ月前の自分からしたらこれが望んでいた状態なので、幸せといえば幸せなんだろうけど、生活に彩りが少ない気がする。どうせ時間はあるんだし、もう少し別な事柄に挑戦していこうかな。義務感の無い、趣味として生活としてやっていきたいこと。とりあえず英語の試験があるのでそれは倒すべきで、空いた時間で断捨離とか生活環境の改善をしたい。

あとはそうだな、打倒孤独感。仕事や研究は1人ではできないけど、生活は1人でもどうにかしないと。友人関係とか色恋沙汰でパフォーマンスや生活リズムが崩壊するような状況を作らない強い気持ちを持って生きていこう。

2017.03.06

読んでいると吐き気のする設計・ソースコードが自分の中にはあって、 それを解読するのはたぶん、エクセルで画面のスクリーンショットを撮ってテストするより苦しい。 表現しにくい苦しみというか、胃もたれにような症状がやっている間は続く。 よほどひどいものに遭遇した場合最悪嘔吐する気がする。それくらい気持ち悪い。 これは去年のopentie戦争が終わる辺りから発生して、まず当時のバイト先で起こった。 もう見たくない・触りたくない現象で全然業務ができず、 リファクタリングしようにも社の体制的に厳しかった。というか、僕の裁量が小さすぎた。

この症状が出始めるのはだいたい Done is better than perfect. とか言い出すとなる。 状態が綺麗で、整っていないので全てのやる気が出ないとかそういうのに似ている。 ただ、この症状は決して悪ではなくて、ソースコードや設計を見たときに、 モヤッとする勘のような何かが働くので、直感が便利になる。

言い訳というか、別に全てのソースコードに対してこうした感情を抱くわけではない。 正直競技プログラミングや使用期限のあるコードなど、スコープが非常に小さいものに対しては何も感じない。 むしろ過度な抽象・多様化していると逆にオエッとなる。 自分で書いていて気づいたけど、ソースコード自体ではなく設計や苦し紛れの思考の痕がダメなんだろう。 言語自体のシンタックスが汚くても特段思うことはないし、 慣習として根付いていることに特別嫌悪感を抱いたりしない。 ただそこにある、全てを俯瞰したときに見える、モヤッとした気持ち悪いものが嫌いなだけだ。


自分に向いているもの、向いていないものはアルバイト経験とかでわかってくると痛感した。 今受託でやっていることは最悪に近いし、達成感など何もない。 ただ自分の書くコードに嫌悪感を覚え、謝りながら前に進んでいる感じがする。 逆にバイト先ではインターネットを見るのが億劫になる程度には楽しいと感じている。

昔から自分の意思が弱かったり、単純に自信が持てなかったりすることが多く、 初対面の人からの印象はとても薄いと感じている。 何かを自慢するのは後から後悔して死にたくなるし、 功績を褒められると、褒められている自分の感情が調子に乗っている感じがして気持ちが悪い。

だからずっと裁量で何かを改善したり作成したりするのは苦手だと思っていたけど、その逆だった。 設計に沿って何かを進めるのは気が重く、手が止まったりすると再開するのが難しい。 変わって、自由にやれるととにかく気持ちが楽で、自分の作っていくものが自分の好きなような形で、好きなように拡張できる。 自由な場があるだけでこんなにも単純作業であれ楽しいのかと思えたりした。

この話はゴールデンウィークあたりにまたできればと思うけど、たぶんメインのブログに書くと思う。 この体験のおかげで色々自信や決心が付いた気がする。

2017.03.05

日付をまたいでしまったので投稿日と差異がある。悔しい。

今日は歩く日だったのでとにかく歩いて、 朝帰りからの午前起きに家財用具買ったり出かけたりで本当に疲れた。 ただ、疲労感は嫌なものではなくて、やりきった感溢れるものであったので、 よく寝れそうな気がする。明日の準備があるんだけれども。 Fitbit的には14000歩と14kmちょいの移動を計測していて、過去最高となった。 今まで意識していなかったけど、アップタイムとかも計測できているので、 活動していた時間を目のあたりにすることができて大変良い。 睡眠以外は日次目標をクリアしていたので、満足感がある。


卒論のテーマというか、結局研究室でやりたいことと研究室として取り組んでいることに差異がありすぎて、 このままで大丈夫かなぁという気がしてくる。 ただ、前例として個人テーマを進めている人も多いので、その流れに乗ってやっていきたい。 テーマの時期決定はだいたい秋学期だったような気がするし、 研究室としてもあまり焦らせないような環境だった(あるインシデントのせいでそうなっている可能性がある)ので、 数ヶ月でスッとやっていけるよう知識の下積みをもっとしていきたい。

思考録に書けないこと書こうと思っていたんだけど、 この内容は受け売りな気もしてきて、結局あとで考えるリストに入ってしまった。 考えて、内容がどこかで聞いたことある内容でも書いてみるか。


妄想録みたいになってきたな…。

2017.03.04

昼食・夕食にCOMPを摂取すると2時間ほどで空腹になってしまうので良くない。 空腹の度合いは1食抜いたような感じなので、余計食べてしまう気がする。 朝ごはんとか、朝昼間の適度な時間に摂取するのが良さそう。 それか朝食としてCOMPだけでなくバナナなどを食べるというのもあり。

同じく健康的な面ではfitbitの睡眠計測がある程度溜まってきて、 自分の睡眠週間や運動量が客観的に見れるようになってきた。 睡眠習慣的には、極端に長く睡眠をした直後に短い睡眠をして生活習慣を正しているような感じなので、 平均的には目標の7時間半に近いけど、全然ダメな気がする。

毎日1万歩歩くのを目標にして気がついたんだけど、1万歩って案外遠い。 だいたい達成したのはバイト先に行くにあたって、バスが無いので徒歩でつくばセンターまで歩いていた日なんだけど、 その日の運動時間は1時間ちょいになるので、つまり毎日1時間ウォーキングをしないと達成が難しい。 だいたい最寄りのコンビニまで500歩、駅まで3000歩前後、大学までは2000歩前後と、 体感的にも距離と歩数で歩幅とかわかってきたのでちょっと楽しいかも。

生活改善をしていくのも大切なんだけど、 なんで改善するのかとか、改善すると何かあるんですかとかを用意して行かないと、 手段目的論法になってしまうので、ダメなんだと思う。今までも三日坊主とかだし。 で、今はなんとなく改善する方針とかはわかってきたので、目的を見つけ出したい。 理由付けって自分の結構苦手な項目なので、不自然でもいいから用意できるように頑張ろう。


現実がつらい……。

2017.03.03

食事だけはきちんと摂ってねと言われてはや半年経ったが、結局食べない日は1食くらいで済ませてしまう。 別に食べたくないとか、お金が無いとかそういうのじゃなくて、 生活のだらしなさみたいなのがやることと比例して増加していくので、食事が疎かになってしまう。 つまりクズ。

食事だけはきちんと摂ってねと言われたのは昨年夏に掛かった病院で、食べたものや飲んだものが全て上から出てくる謎の症状にあったときだった。 栄養不足と脱水だとか、色々原因がありそうなんだけど、とりあえず食事回数が少ないってのがいけないから、 しっかり栄養とって、それでもダメだったらまた来診くださいとキツめに言われた気がする。 で、昨日までまた原因不明の症状で死んでいたので何も変わってない……。

大学来てからの生活は悪いの一点張りな気がして、それを気づくのに何年かかってんだって話なんだけど、 どうしたら真っ当に生活習慣を正せるんだ…考えよう…。


最近はNetflix契約してテラスハウス延々と見ていた。 あれは音声だけでも一応内容についていけるからPodcast代わりの作業用BGMみたいな用途で聞いてた。 人間関係とか他人の人生観とか夢とか、そういうのを客観的に見るのが好きで、 4分の3くらいまではだいぶ満足して見れた気がする。後半はもう惰性だったけど。

気持ちとしては『心が叫びたがっているんだ』を見ているときと結構似ていて、 終始「情緒〜〜〜」とか「不器用〜〜〜〜」とか叫んでた気がする。他人の価値観見ているのは面白い。

で、見終わってみると精神的な成長速度とか、 環境があたえる性格・(精神的)成長への影響みたいなのをとにかく調べたくなって、止まらなかった。 短期的な興味なのか長期的な興味なのかはわからないけど、知的欲求に正直になってみようと思う。


3トピックくらい書ければいいなと思ったけど、案外生活から外部に言えるようなことがなくて厳しい。 日数が空いてしまった割にこれなので、生活空っぽなんだなと思ってしまう。厳しい。

2017.02.28

精神的に参っていて、だけどもやっていけばどうにかなるだろうと思っている。 ここ一週間くらいはコンビニの店員とバイト先の社員さん以外と会話をすることもなく、 家に篭ってただひたすらに仕事を進めるだけなので、今年一番厳しい状況なのかもしれない。 こういうことを書いてしまうほどの元気はあるので、まだやっていけそう。やるしかないんだけど。


こうした日報を書くにあたって、ブログとして分けるべきか悩んでいた時期もあったけど、 見せるために書いた記事と見せなくても良い記事を混在させないという点では、分けたほうが良いと思った。 こういう日報には書いてPVを稼ぐとか承認を得る目的はなく、見返すと気持ちが良いなと思うことを残していく。

そんなことを書いているけど、この日報を書き始めるまでの葛藤は結構あって、 どうせ1週間で飽きるしそんなに書くことないでしょっていうので、 2週間くらいうだうだしていた気がする。とりあえず書けばいいのに。 いや、書いてたんだよ。たしか、mediumあたりに。

話は変わって、なんではてなブログに戻ってきたのかというのは、mediumが潰れそうだなというのと、 一元管理していたほうが楽だなと思ったからで、長く保てばどのサービスでも良い気がする。 mediumは広告モデルの廃止と記事あたりの質を考える、いわばNAVERまとめと対極をなすサービスで、 僕は広告モデルによって記事が汚染されるのが嫌いだったから好きだった。 ただ、結局マネタイズがついてこないアイデアだったようで、投資と内部PVの提供をしていたようだけど結構危うい。 お金を考えず、プラットフォームだけでも残ってほしいなと考えるのはちょっと難しいんだろうな。

Medium崩壊の内幕:ジャーナリズムを変えようとした理想主義者はいかにして現実に敗れたか | BUSINESS INSIDER JAPAN


日報として書くことと、個人の体験・技術の見解を書く境界が曖昧で、 メインのブログが軽いものでなくなるような気がする。 既に下書き保存したまま校正していないので公開に至らない記事が溜まっていたり、 書いたはいいけどもう世の中では当たり前のことだったりする内容だったりと、 なんかもっと気軽に公開できないものかなぁと悩んでる。 見る/見られるを気にしすぎるのは下世話な気がするけど、気持ちの問題として片付けておくと だいたい変化しないまま時間が過ぎてしまう。 とりあえずとして日報を書いたけど、ここは言い訳ではなく原案を貯めるような場にできればいいかなと思う。